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東京地方裁判所 昭和37年(むのイ)157号 決定 1962年7月16日

住居 東京都江戸川区 小岩町三丁目千五百九十九番 地梅獄荘内

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加藤義信

昭和十二月八月十八日生

右の者に対する刑執行猶予言渡取消請求事件について、当裁判所は、口頭弁論を開き、検察官、被請求人及び弁護人の意見を聴いた上、次のとおり決定する。

主文

被請求人加藤義信に対する恐喝被告事件につき、東京地方裁判所が昭和三十六年十二月二十七日言い渡した刑の執行猶予の言渡(徴役十月、三年間執行猶予)はこれを取り消す。

理由

検察官の本件申立の要旨は、被請求人加藤義信に対しては、昭和三十六年十二月二十七日東京地方裁判所において、恐喝罪により懲役十月、三年間執行猶予の判決言渡があり、右判決は、昭和三十七年一月十一日確定したが、右判決の確定時において、刑の執行の終つた日から五年を経過していない同人に対する業務上過失致死、道路交通取締法違反罪について東京高等裁判所が昭和三十六年十二月二十一日言渡し昭和三十七年一月八日確定した禁錮四月の前刑が発覚したから、刑法第二十六条第三号によつて、前記刑の執行猶予の言渡の取消を請求するというにある。

これに対する弁護人の意見は、別紙弁護人沢井勉及び同下川好考連名の口頭弁論要旨のとおりであり、これに対する検察官の反論は、別紙検察官の弁論要旨のとおりである。

当裁判所は、検察官の反論が正当であつて、本件刑の執行猶予の取消請求を理由ありと認め、主文のとおり決定したのであるが、弁護人の意見に対する判断は、次のとおりである。

所論一及び二について、

本件事案の概要が、被請求人加藤義信につき、(一)昭和三十五年十月十六日同人の犯した道路交通取締法違反、業務上過失致死被告事件につき、昭和三十六年六月三十日東京地方裁判所が禁錮八月に処する旨の判決を言い渡し、これに対し被告人たる同人から控訴の申立をし、同年十二月二十一日東京高等裁判所が破棄自判の上禁錮四月に処する旨の判決を言い渡し、被告人及び弁護人から一たん上告したが、昭和三十七年一月八日右上告を取り下げたことにより、右東京高等裁判所の判決が右上告取下の日に確定し、(二)昭和三十六年九月三十日同人が犯した恐喝被告事件につき、同年十二月二十七日東京地方裁判所が徴役十月に処し、三年間右刑の執行を猶予する旨の判決を言い渡し、右判決につき被告人側及び検察官の双方からの控訴申立がなく、昭和三十七年一月十一日右判決が確定し、検察官の執行指揮により右(一)の判決の執行中、検察官から刑法第二十六条に基き右(二)の刑の執行猶予の取消請求がなされたというにあることは、所論のとおり、本件記録並びに右(一)及び(二)の被告事件記録によつて明らかである。また、右のような事実関係の場合が、刑法第二十六条第一号(猶予期間内更に罪を犯し禁錮以上の刑に処せられその刑につき執行猶予の言渡なきとき)及び第二号(猶予の言渡前に犯したる他の罪につき禁錮以上の刑に処せられその刑につき執行猶予の言渡なきとき)にあたらないことも、所論のとおりである。

そこで、問題は、本件の事実関係が、同条三号の猶予の言渡前他の罪につき、禁錮以上の刑に処せられたること発覚したるときにあたるかどうかにあつて、所論は、同号は猶予の言渡確定前に実刑を科すべき余罪の処罰があつたことが裁判の確定後に発覚した場合であるから、猶予の言渡前にその前科が裁判所に判明していながらなおかつ猶予の言渡がなされた場合はもはやこれを取り消すことはできないし(最高裁判所昭和二十七年二月七日決定、刑集六巻二号一九七頁)、裁判所には判明していなくても検察官がこれを覚知していた場合も同様である(最高裁判所昭和三十三年二月十日決定、刑集一二巻二号一三五頁)、本件は、前記(一)の余罪の処罰の時期が猶予の言渡判決の確定前ではあるが、同(二)の裁判の確定前に裁判所に判明していたばかりでなく、検察官にも覚知されていたものであつて、裁判の確定後に発覚したものでないから、同号に該当にしないことが明らかであとるというのである。

しかし、同号は、猶予の言渡をした判決の確定した時期を基準してその前に他の罪につき禁錮以上の刑に処する旨の確定判決があつたことが猶予の言渡判決確定後に判明した場合を意味するものと解すべきである。従つて、猶予の言渡のあつた事件の審理中、判決言渡当時あるいは確定当時に他の罪につき禁錮以上の刑に処する旨の未確定の判決があることが裁判所又は検察官に判明していたとしても、かかる未確定の判決を確定判決と同一の取扱をすることは妥当を欠くのであるから、右未確定の判決が判明していたことをもつて確定判決の判明と同一に解することはできないのである。所論援用のとおり最高裁判所の二つの判例があるのであるが、これからの事案は、いずれも、猶予の言渡をした事件の審理中並びに判決言渡当時において(従つて判決確定当時においてはいうまでもなく)、他の罪につき禁錮以上の刑に処する旨の確定判決があることが、裁判所又は検察官に判明していた場合は、同号にいう刑に処せられたること発覚したるときにあたらないとしたものであつて、本件事案に適切ではない。本件事案は、猶予の言渡をした事件の審理中並びに判決言渡当時には、他の罪につき禁錮以上の刑に処する旨の未確定の判決があつたに過ぎない事件であるからである。

ただ、本件において、前記(二)の猶予の言渡判決が確定した時期を基準とすれば、その前に他の罪につき禁錮以上の刑に処する旨の前記(一)の判決が確定していたのであるから、所論援用の二つの判例の趣旨を援用できるのではないかとの問題があることは否定できない。よつて、この問題について考えてみると、最高裁判所昭和二十七年二月七日決定の趣旨は、「猶予ノ言渡前他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト発覚シタルトキ」とあるのは、所定の処刑の事実が猶予の言渡後に発覚した場合をいうのであつて、その言渡前に既に発覚していた場合はこれにあたらないというのであつて、同決定は、判文中に猶予の言渡後に生じた前科発覚という出来事のために執行猶予の言渡が取り消されるのであると説明しているのであるから、所定の処刑事実とか前科とかは、他の罪につき禁錮以上の刑に処する旨の確定判決を意味するものと解すべきである。従つて、本件のように事件の審理中並びに判決言渡当時他の罪についての未確定の禁錮以上の判決の存在が判明していたに過ぎない場合に直ちに右判例を準用し難いのである。もつとも、前記(二)の猶予の言渡判決確定時においては、その前に前記(一)の他の罪につき、禁錮以上の刑に処する旨の判決が確定していたという状態が発生したのであるが、本件記録並びに前記(一)及び(二)の各事件の記録によれば、前記(二)の猶予の判決言渡当時においては、前記(一)記載のとおり、その数日前東京高等裁判所において禁錮四月に処する旨の判決言渡があり、被告人及び弁護人からこれに対する上告申立があつたという状態であつて、右(二)の判決をした裁判所及び立会検察官において、前記(二)の猶予の言渡判決確定前に、前記(二)の上告申立中の判決が上告取下によつて確定することを予見することは困難な情況にあつたものであるから、このような情況の下では、右判例にいう処刑の事実あるいは前科事実が右(二)の猶予判決確定前に発覚していたものということはできない。(立会検察官が右(一)の判決確定を右(二)の判決確定後に初めて知つたことについては後記判断参照)。次に、最高裁判所昭和三十三年二月十日決定の趣旨は、検察官において、執行猶予の欠格者であることを覚知しながら、上訴申立をなすことなく、執行猶予の言渡を確定させたときは、検察官はその取消請求権を失い、従つて、裁判所も、その請求を許容して執行猶予の言渡を取り消すことを得ないというのであつて、右判例にいう執行猶予の欠格者とは、刑法第二十五条各号の条件にあたらない者をいい、従つて、右判例は、右法条に反して違法に言い渡された執行猶予の言渡に対し、検察官が違法の原由たる「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト」等の事実を覚知しながら、これを是正するため上訴申立をすることなく、右判決を確定させたいという場合に関するものであつて、本件のように、執行猶予の言渡の判決当時、未確定の禁錮以上の刑に処する旨の判決がある場合にまでこれを拡張することは妥当であるとはいえない。既に説明したとおり、未確定の判決は、これを確定判決と同一に取り扱うことは許されないところであつて、前記刑法第二十五条各号の「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト」とは、確定判決を意味するのであるから、猶予の判決言渡当時他の罪につき未確定の禁錮以上の刑に処する旨の判決があつたとしても、これをもつて同条に違反して違法に刑の執行猶予の言渡をしたものということはできず、右法令違反を是正するために上訴の申立をするということはできないのである。ただ、この点については、右未確定の禁錮以上の刑は処する旨の判決があることを知りながら執行猶予の言渡をしたことをもつて、刑事訴訟法第三百八十一条又は同法第四百十一条第二号のいわゆる量刑不当を理由とする上訴の申立をすることができるのではないか、検察官としては、この上訴申立の方法によつて、執行猶予の言渡をした判決の確定を妨げるべきではないかという問題がないわけではないが、未確定の判決は、あくまで未確定のものとして取り扱わるべきで、これを量刑不当の資料とすることも妥当ではないので、検察官に対し、この量刑不当を理由とする上訴をなすべきものであり、これをしないで猶予の言渡判決を確定させたから、検察官の執行猶予の言渡の取消請求権が消滅するものと解することもできない。しかのみならず、本件記録中証人奥津勇助及び同大柴晟正の各供述並びに東京高等検察庁検務第二課備付の昭和三十七年度上告取下処理簿写及び東京高等裁判所第十刑事部の上告取下通知書の謄本を総合すれば、前記(一)の判決についての被告人及び弁護人の上告取下は、昭和三十七年一月八日になされたが、その上告取下の通知は、東京高等裁判所第十刑事部から東京高等検察庁にあてて同年同月十日に行われ、同検察庁の内部的な事務処理を経たのち、同月十六日前記(二)の猶予の言渡をした東京地方裁判所に対応する東京地方検察庁にその旨通知されたことが認められるのであつて、このときには、既に、前記説明のとおり、右(二)の判決の上訴期間が経過して同判決は確定していたものであるから、上訴権行使の任に当る東京地方検察庁の検察官としては、右(一)の判決の確定を右(二)の判決の確定後初めて覚知したこととなるのである。従つて、右(一)の判決の確定を理由として右の猶予の言渡判決の取消を求めるための上訴の申立をすることもできなかつたのであるから、この点からいつても、前記最高裁判所昭和三十三年二月十日決定の趣旨を本件に準用することはできない。

所論三について

当裁判所は、刑法第二十六条第三号が憲法第三十九条に違反するものでないと解するのであるが、その理由としては、前記最高裁判所昭和三十三年二月十日の大法廷決定中奥野裁判官の補足意見として、「元来刑の執行猶予は、刑そのものでなく、刑の執行の条件に関する一の恩典であつて、刑の執行猶予の制度それ自体を認めるか、また、如何なる内容の執行猶予の制度を認めるか、すなわち、如何なる要件があれば刑の執行を猶予するか、また、一定の事由があれば既に言渡した執行猶予を取消すか等すべて立法政策の問題であつて、法律によつて自由に定め得るところのものである。刑法第二六条第三号が、他の罪につき禁錮以上の刑に処せられたこと発覚したときは、既に言渡した執行猶予を取消すべき旨規定しているが、これは執行猶予を一種の解除条件付のものとして定めたものというべく、かかる法定の要件が具備すれば執行猶予が取消されることを、当初より予定しているものであつて、かかる執行猶予の取消は、同一犯罪について重ねて刑罰を科するものではなく、また、確定判決の刑そのものを重く変更するものでもない。」とあるのを引用する。所論は、同大法廷決定中の真野裁判官及び垂水裁判官の刑法第二十六条第三号は違憲であるとの意見と同じ論拠に立つて同条同号の違憲を主張するものであつて、傾聴すべき点もあるのであるが、当裁判所としては、この見解を採り得ないものと考えるのである。

所論四について

所論採用用の最高裁判所昭和三十三年二月十日大法廷決定の要旨が所論のとおりであつても、これを本件にそのまま適用しあるいはこれを準用することができないことについては、さきに所論一及び二に対する判断において説明したとおりである。そして、前記(二)の猶予の言渡をした事件の審理中に、前記(一)の事件で他の罪により禁錮以上の刑に処する旨の実刑の未確定の判決があることが判明していたことが、所論のとおりであるとしても、右の結論を左右することはできないのである。また、所論は、検察官同一体の原則を援用して、検察官において、前記被告人、弁護人の前記(一)の事件に関する上告取下は、前記(二)の猶予の言渡判決の上訴期間内に十分これを覚知していた筈であるから、検察官が右(二)の判決を確定させたのは、上告権を放棄したものと解するほかなく、検察官は、本件執行猶予取消請求権を失つたものというべきであると主張するが、この点についても、既に所論一及び二に対する判断において説明したとおり、右(二)の猶予の言渡判決について上訴権行使の任に当る東京地方検察庁に右上告取下の通知がなされたのは、右(二)の判決確定後であるから、同検察庁検察官においては、所論のような上訴権行使は事実不可能であつたのである。このような関係において、検察官同一体の原則により、検察官に難きを強いることは許されない。

以上判断のとおり、弁護人の所論は、これを採用することができない。

検察官 飯村六郎出席

昭和三十七年七月十六日

東京地方裁判所刑事第十五部

裁判官 真 野 英 一

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